内側が、外側。
RAS代表松坂さんのメッセージ、シェアさせて頂きます。
以下になります。
RASは誰にでもできますが
誰にでもはできません。
自分自身を幸せにする覚悟が
ない方には不向きです。
RASを知るとしんどい部分はあります。
◆内側(こころ)→外側(嫌な出来事・嫌な人)◆
「自分の内側」が「外側の出来事」を創り出すので、
外側の嫌な出来事の責任を
「他人のせいにできない」という点です。
「他人のせいや嫌な出来事のせい」に
したい状態のときは、
自分の内側が外側の出来事を生み出したという責任を
放棄したい状態なので
そこに気づく必要があります。
「●●のせいで!」が出てきましたら、
内側にどんな感情が動いているか見てみることを
お勧めします。
その未消化の感情を感じないようにするために
(見たくないので)、
「●●のせいで!」を採用するのですから。
内側の結果である外側の責任のせいにしていれば、
内側を見なくて済みます。
欲しいのはトマト。
それなのに「無意識で」キュウリの種を植えてしまっていて、
結果は欲しいものではないキュウリが出来上がります。
そのキュウリが出来上がったのは
「他人のせいだ」「環境のせいだ!」とやっていて、
キュウリの種を植えてしまっていることを見なければ
(気づかなければ)
ずっとキュウリさんができますよん。
「●●のせいで!」を続けている限り、
未消化の感情(それが昇格したのが信じ込み)はそのまま残り、
解消しないので同じ未消化の感情の種を植えて、
望まない出来事を繰り返すパターンにはまってしまいがちです。
例えば、「期待」
人に期待するときは、
自分に期待できないと「無意識で」信じ込んでいる時です。
自分には期待できないので、
その「期待したい気持ち」の向け先がなくなるので、
他の人(外側)に向けます。
つまり、他の人に期待します。
結果、
内側(期待できない)→外側なので、
その他の人は期待には応えてくれません。
そして、他の人が軽く言った言葉でさえも、
自分の色眼鏡で「重く採用し」、期待し、
「裏切られた」という被害者パターンに入り込みます。
今、人の行動や言動に意識が向きすぎて、
判断(裁きたい)したい気持ちになっている方は、
内側に見たくない・見る必要があるものがあるという
お知らせです。
そこを見るのは「自分の」勇気だけです。
他の人は「まったく」関係のないことですから。
自分自身を裁いていなければ、
人を裁けないのですから。
内側→外側です。
ま、何でも喜怒哀楽の体験ですのでいいんですが(笑)(笑)(笑)
本日も精進させて頂きます。
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